名張市から隠市(なばりし)に!

今日は先日行った赤目の柏原城跡の近くに住む、滝野氏の末裔の方にお話を伺いに行きました。

竜口にある百地丹波守ゆかりの竜口城址に続き、赤目町柏原にある柏原城址もきれいに整備され、当時の姿を彷彿とさせてくれる程はっきりと「ここが土塁かー。んでここが堀切かー、空堀も深いなーー、ここが虎口かーー、ちょっと石垣残ってるやんーー」てな感じで想像力を頼りにしなくても目で楽しめる城址になっています。

そんな柏原城址をさらに楽しく見る事が出来る内容のお話を、柏原城主 滝野十郎吉政の末裔(詳しく言うと分家の末裔らしいですが)の滝野さんに柏原城を中心とした周辺の城郭の配置と地形についてお話を伺い、そのスケールの大きさにびっくりしました。

柏原城だけ見たら、とても織田信雄軍総勢4万と対峙したとは思えませんでしたが、今日お話を聞いて合点がいきました。

周辺の森岡城、貝増城、愛宕山砦、滝野古城、丸尾山砦、井上城、など沢山の城と、自然の地形を利用した曲輪に、滝川、宇陀川、名張川などを自然の堀として、背後には龍神山が聳える赤目、矢川、夏見など一帯全部が要塞の様になっていたのではないかと思いました。

この下の図を見たら、竜神山はまさにレッドクリフ!(赤目だけに 笑)

こう言った城址を整備し、織田軍の陣地の配置図なども入れ、考察するのも楽しいのではないかと思う。

さらに細かく文献などを漁って研究を重ねたいと思います。

そして更に来てくれた人が想像を掻き立て易い様に「隠市(なばりし)」と市の名前を改めたらインパクトもあるし、イメージにピッタリだと思います。

なので、今日からキャッチフレーズを「名張市から隠市に!」にしたいと思います♪

柏原城を中心とした周辺の砦や城址の配置と地形を利用した惣構。
柏原城址の現状の図、これだけハッキリと残っていると想像力はさほど必要がないです。見たまんまで感動出来ます。